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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
と、九兵衛はすこし声を曇らせて、横につかんだ手拭で目を抑えました。
意外です。
みずから兇悪な人間と傲語する老賊の目に思いがけない涙を見ようとは。
そして、纏綿たる人なみの懐旧をもって過去を語られていることも、金吾には、常人の口から聞くことばよりも、惻々として胸にせまってくるような心地がする。
「そうか、じゃお前は、父上の時代に、名古屋の屋敷に奉公していた仲間だったのか」
「わるい事はできないものでございます。……というような弱音が出るようでは、もう悪党も焼きが廻った証拠じゃあございますがね」
「奇縁だな」
「空怖ろしい気がいたします」
「したが、そこでお前は、日本左衛門からいいつけられている――つまり拙者を殺そうという籤の誓いを、どうするつもりだな」
「ヘエ」と九兵衛はうなだれて、
「――このまま、どこまでも、あなたの影に添って尾け狙うつもりでございます」
「ふーむ……」
「が、それは表前の事。日本左衛門の仲間の目にそう見せておく反間苦肉というやつです。なんで、あなたを殺せましょうか。――それよりはどうかこの老いぼれの九兵衛を、逆に活かして使って下さいまし。大旦那の勘解由様に対して、九兵衛は少しばかりの御恩返しにもなれば有難いとぞんじます」