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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「もう客がつめているんですから、何分お早く」
使いの者は、外に待っている様子です。
それを機会に、お粂があわただしく階下へ下りて行ったので、逃げる気だな、と金吾もすかさずに馳け下りますと、女は、鏡台の前へペタリと猫足に坐って、
「何も逃げやしませんよ」
こう自棄に言い放つと、髪に櫛の歯を入れて、何か化粧下のようなものを小布にそそぎかけて、それを指先に巻きながら、眉、口紅を拭き直している。
「さ、相良さん、こうしている女を、斬るならお斬んなさいまし。わたしも丹頂のお粂、すじの分った話なら、あなたの為ですもの、素直に斬られもしましょうけれど、ただ命をよこせじゃ、得心はしませんからね」
「…………」
「とにかく、小屋には客がつめているんですから、今夜の撥ね出しまで此家に待っていて下さいな。え、相良さん」
身をかえすと、お粂はいきなり男の胸へ寄って――
「もし、まったくあなたの為になる事なら、私は、死にもします、きっと素直に殺されもします。……だけれど、今も使いが来ているように、今夜の小屋をつぶしては、見物にすみません、私だけを待っている大勢の見物に」
哀切なことばで、男の体をゆすぶって言う。