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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

ただお蝶さん――あなたはその頃からみると、よい娘になりましたね……」

現在、切支丹屋敷の牢獄に、たッた一人いる異国人とは、すなわち伊太利ローマの人、伴天連ヨハンのことであります。

かれは今から七年前に、大隅の海辺に漂着し、江戸表へ護送されて吟味をうけたが、お蝶の父の今井二官のように、信仰をすててころばないところから、この終身牢に監禁されている。

吟味所でかれを調べた新井筑後守も、何としても、ヨハンが信奉をすてないのにはもて余したが、

(すべてその人博聞強記にして、かの国多学の人と聞こえて、天文、地理の事に至っては、われら企て及ぶべしとも覚えず)

と自著西洋紀聞にも賞めて書いている。

ころべば、幕府は妻家官禄を与えて優遇するが、ころばなければ、終身、この牢舎に繋いでおく。

日に、小麦の団子少しと、野菜揚げと、干柿二、三個。

それで命をつないでいるヨハンですが、肉おとろえ骨あらわれても、どこか、かれが生気を失わないのに反して、扶持をうけ娘をもって、とにかく、人間らしく送っている今井二官の方は、折にふるるごとに何か苦悶があるらしく、うかぬ顔つきを見る日が多いのは、この山屋敷の一不思議。