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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

そして九兵衛が思案をしているまに、門の閂をさッさとかって、奥に寝込んでしまったらしく見えました。

外に残された九兵衛は、やがて、薄ッぺらな黒堺へ、ゆがんだ笑いかたをして、

「いいお医者様だ。罪のねえ威張りかただ。ああいう人間からみると、このお爺さんなんざ人がわるすぎる」

門かぶりの木の枝へ、指をのばしたかと思うと、猫柳の葉も散らさず、ヒラリと黒塀を跳び越えました。

へいを越えた九兵衛は、広くもない医者の屋敷を悠々と一めぐり見て廻ってから、何かひとりうなずくと、スルスルと身をのばして、床下の奥へ這いこんでゆく。

土台の横木をひとつ跨いで、この辺と睨んだところで、しばらくジッと耳をたてておりましたが、やがて道中差のこじりを上に向けて、床板の裏をコトンと突いてみる。

静かに、板のキシムのを感じました。たしかに、この上の部屋に居る者は目をさましている。

「金吾様。……金吾様」

煤だらけな板へ顔をつけて呼ぶ。

「金吾様」

すると、上でかすかな返事がありました。まぎれもない聞きおぼえのある声で、

「だれだ? ……」と。

「九兵衛です。九兵衛めでございます」

「おうッ!」