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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「太夫さん、疲れるといけませんから。疲れるとあしたの舞台にさわりますから」
と、なだめすかして寝せようとするのを振り払って、
「お酒を持っておいでよ、お酒をさ。酒でも飲まなけりゃ、生きちゃあいられないよ」
と、そろそろ疳だかくなったのが初まりで、それから手酌の茶碗酒が、自棄のやん八とまでさせて来たものであります。
しかし今、太夫元の使いとして来た男を追い払ったことばは、決して、酒の上の駄々や手固摺らせではなく、お粂としてはほんとうにそう腹をきめたのでしょう、その後で、家からここへ移して来た、自分の着類、舞台の用具、衣裳一式、のこらずそこに積んで一座の者へ、
「気の毒だけれどお前たちは、ここにあるだけの物をいいように分けて、――がさ張るものは道具屋にでも何にでも売払ってお金にするさ、――そしてそれを路銀にどこへでも身のさんだんをつけておくれ、ああサ、今日から嵐一座はぶちこわしさ」
なんとなだめても、思い直しそうな脈はありませんが、それでも、男衆や、女弟子たちが、涙ぐんで、
「太夫さん、後生ですからそんな自棄をおこさないで。一座の者が懸命になれば、またいい芽を吹く時節もありましょうから」