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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
使いに来た八助という寺男から、乳母のお咲の言伝というのを聞いて、お蝶はおどりたちました。
で。行くと返辞を与えましたが、後で考えてみると、いやな予感がしないでもありません。
わずか二日まえに――あの蜻蛉売りの久助の家に泊った晩――そこの行燈に書き残してあった日本左衛門の文字が、ともすると、お蝶の胸に、あぶり出しのようにういて出ます。
もしや? ……
そういう危惧に襲われます。
止めよう。あの寺男といって来た使いも、何だか知れたものじゃない。
感づいて、一度は断念したのを、にわかにまた、行くと決意をしてしまったのは、深夜宿へ届いた一通の無名の飛脚が、お蝶を気づよくしたためです。
無名の飛脚の内容は、数行につきていて、大略のところをつまめば――こんな意味。
明夜は鼻寺へ行った方がお嬢様の幸福ですよ。
何か不安がありましょう。それで迷っておいででしょう。たとえば日本左衛門のことなど。だが、さるお人のいいつけで手前がその方はよそながら守護しておりますから御心配なく。
くれぐれも御懸念は御無用。
迷わず鼻寺へおいでなさい。大事な岐れ路をふみまちがえてはいけませんよ。