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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「来ましたぜ……例のが」

「え? お蝶が」

「そうらしゅうございます。今、庫裡から草履をはいて出ようと思うと、ちょうど山門のところに立って、何か、こうそこらを見廻している影が見えました。たしかに、あの娘にちがいありません」

「そうか」

日本左衛門がきっぱりとうなずくと、方丈の酒もりは、にわかに、無人のようにシンとなって、白い眼と眼がけわしく動きました。

四ツ目屋は身をのばして、

「で、親分」

と、ささやくような小声で訊く。

「お蝶が来たら、どういう手都合にします? およそ段どりを極めておいた方がいいでしょう」

「ウム、耳を貸せ」

大きく投げられている人影が、すすけた壁に重なりました。

鼻寺炎上

雀羅を張った破風から鬼の腕でものびそうに思われる、――その朽ち傾いだ山門の、顔をなでられてもわからないような暗のなかに、チラリと、銀簪の光がうごきました。

さらに見れば、チラチラする銀簪のほかに、あの濃い睫をもったお蝶の特徴のある目が、太い柱のかげから、そこまで走って来てうしろの暗をジッと見ています。

「びっくりした……。何だろう? いま私を追いかけて来たやつは」

暫くはそこで、息のハズむのをしずめている。