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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「お蝶、いやではあるまいな」

抱えあまる腕のなかに、彼女の肩を仆しました。

腕のなかで、銀の簪がサラサラ鳴って、

「知らない……知らない……私、そんなこと」

言ったかと思うと、彼女の手の裡から、不意にひらめいた細手な短刀が日本左衛門の脾腹へと走ったのを、さッとかわされて、その腋の下を一文字に突きのめりました。

「その策かッ」

と、平手打ちに、刃物をたたき落とそうとしましたが、計って立ったことなので、お蝶は、すばやく返した短刀を逆手に斬りつけました。

飛びさがって、うしろの大刀をつかんだ日本左衛門は、その鐺を向けて、お蝶へ体当をかけましたが、しかし、それよりも早く、彼女は本堂の廻廊を目がけて逃げ走っています。

そして、ヒラリと跳ぼうとしましたが、もう両方から駆け出していた雲霧や、秦野屋や、千束の稲吉が、そうはさせずに抱きとめて、

「静かにしろッ」

ひとりが喉輪へ腕をかけて締めつけると、ひとりは逸早く手ぬぐいを取って猿轡をかける。

「それ、かごへ」

「オオ、八助」

法達が本堂の蔭へ手を振りました。

ねじ抱えられたお蝶の体が、どたどたと板縁を運ばれてゆくうちに、その両足を抑えていた秦野屋九兵衛は、彼女の袖にひそめてあった洞白の仮面を抜き取って、すばやく自分のふところへ移している。