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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
その頃ちょうど本堂の方で、轟然たる炎の音響が地鳴りをして天地に狂いました。建物の中心が焼け落ちたのでしょう、一瞬の後は、黒煙りと火の粉ばかりがその辺りにたちこめて紅蓮の勢いはやや下火です。
で、夕焼の灼光が滅したように、裏山の一帯が急に暗くなったと思うと、そこの頂上に頬杖をついていた般若の顔も薄れて消える。
姿は薄れてしまいましたが、そこで、九兵衛のつぶやきだけは聞こえました。
「……あ、とうとう焼け落ちてしまいやがった。しかし、どうしたろうな、金吾様の方の首尾は」――と。
ところへ。
数歩の距離にガサガサと人の来る跫音がしたので、九兵衛はあわてて仮面をはずし、ぽんとうしろの草むらへ飛び込みましたが、先もその物音を怪しんだと見えて、急に足を止めた様子です。そして暫くの間双方が、そのままの距離を保ってさぐり合っていましたが、やがて、乱びん蒼白な面をなし、抜き刀をひッさげたその人影は九兵衛のすぐ目の前を抜けて、木賊谷の方角へ風のごとく駆け過ぎてゆきました。
「いけねエや」
そのあとで、姿を見せた九兵衛は、腰かけていた石仏を踏み台にして、
「うまく網の目を抜けやがった。