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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

午後でした。

染屋の宿の実家へ用達にゆくという体で、おりんは高麗の峡谷から武蔵根の裾へ降りてゆきます。

山を出て平野の一端に来てみますと、見渡すかぎりの武蔵野の原は、尾花の銀鼠いろの一色にぼかされている。そして、その尾花の波のなかを、紺土佐の日傘に赤い帯のうしろを見せたおりんの姿が、

(お嬢様。月江様)

心のうちで呼びかけて探してゆく。

峡谷のお屋敷を出て、ここの広い秋の天地をながめますと、おりんはもうすぐ其処らで、月江と会うような気がしてなりませんでした。

ぽーんと芒の中から蹴鞠が空へとび上がって、あの軽快なお嬢様の姿が両手をあげて自分の名をよぶような気がする。

見るまにあなたから一頭の駒が近づいて来て、駒の上から、下げ髪の月江が野菊を投げて――おりんやこッちだよ――そう言って駆けすぎて行くような意外が、今にも目の前に現われそうな気がするのでした。

けれど、それは尾花の靄に幻をえがいているおりんの白日夢です。歩けど歩けど月江はおろか、逢う人とてはありません。

なんと静かな武蔵野の昼でしょう。

彼女はすこしくたびれました。まだ久米之丞の家のある拝島までは、そこから一里半はたしかにある。