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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「逃げたとすれば、高麗村へ帰って行ったにちがいない」
こう月江が気休めをつぶやきますと、半五郎は首を振って、
「いやいや。どうしたッて、ひとりで逃げ出せるわけがない」
と頑固に否定してしまう。
「じゃあ、おりんはどうしたの」
「さあ、それは分らねえが」
こんな会話をつづけ合っていると、どこからともなく、柴をいぶすような白い煙が、自分たちの足元へ低く這ってきたので、
「や。この家にはたれか人が住んでいるぞ」
そこで半五郎は、さっき途中でチラと見た灯が、決して自分の錯覚でなかったのだと気がついて、にわかに、納屋小屋とおぼしい屋敷の横手へばらばらと駆けだしました。
そこも納屋だか物置だか分らないほど荒れています。綿のような白い煙は、たしかにこの近くから流れている。
と。――彼や次郎の足音を耳に入れたのでしょう、立てかけてあった風呂場の戸をはずして、ひょいと外をのぞいた女があります。それが意外にもおりんだったのです。
おりんは、湯をわかして、髪や手足を洗っていたところでした。半五郎は呆然とするし、次郎や月江は手をとって狂喜しました。
なおさらのこと、おりん自身の驚きは申すまでもありません。