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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「よかろう!」と、相談のまとまった翌日です。一同はまた山かごにお蝶をのせて、信玄の隠し湯から木賊の奥にはいりました。

登りや渓谷にかかると、お蝶は時々かごを降りて、素直にあるいておりました。無理に隙をねらッて逃げようとする様子もさらに見えません。その運命のあるところによって、生命をたもつことだけを条件に、彼女は煩悶をしない女です。

もっとも、秦野屋という策士が、あとから一行にまじっていますから、どういう隙に、四ツ目屋や雲霧の目をぬすんで、お蝶にことばをかわしているか、その辺のことは察しかねます。

とにかく、山から山へ、幾日かの初秋の旅がつづきました。

「気楽だなあ、ええおい」

雲霧は、連れの者へ笠を向けて、

「天下の兇状もちが、こんなにお練りであるいていても、見るやつはなし、追いかけて来る犬もない。女のあるく道だけに、関所を設けて頑張っている役人なんてえやつは、まったくいつも居眠りばかりしている道理だよ」

「だが、中仙道へ出ると、まさか、こう気楽にはゆくまいぜ」

「そうさ」

と、四ツ目屋は、お蝶のかごへ目をやって、

「第一、あいつに油断がならなくなる」

聞こえたでしょうが、お蝶は横を向いて笑っていました。