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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「ちッ。面倒な」
雲霧は目ですくって、
「おい四ツ目屋、酒代をくれてけえしてしまうがいいじゃねえか」
「だって」
「秩父の町へ行きゃあ、どうかなるさ」
「その町まで、まだどのくらいあるかもわからねえのに」
「お蝶だって、観念している、何も、あとの道ぐらいは自分で歩くだろう。どっちみち、ふた心のあるやつを連れてあるくのは、あとあとの為にもならねえことだ」
それも一理ある言葉ですから、新助は我を折って、四人のかごかきに相当な賃銀を与え、かれらの望みどおり、そこで放してやることにしました。
秦野屋は可とも否ともいわず、きせるをくわえて、帰って行くかごかきの影を見送っている。
かれのそばへ、かごを降ろされたお蝶が足を休めました。お蝶の目が、何か九兵衛に話しかけたいようにうごくのを、彼は気のつかない顔をして、ぷッと、たばこの火玉をてのひらに吹きました。
そのお蝶の美しさは、漆掻き達に少なからぬ驚異だったとみえて、彼等は最前から、鳴りをしずめてマジマジと気をとられていましたが、そのうちに、
「旦那がたはよいけれど、あの、かご屋を帰しては、その女子が可哀そうだ。おまけに、栃の沢までゆかないと、泊る小屋がないところだのに」