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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

するするとつづいて降りる。お蝶はひとりの漆掻きの背なかに負われて降りました。

「おや?」

一同が下へ着いたかと思うと、今降りて来た繩梯子が、カラカラと上へ手繰り上げられたので、新助は雲霧にささやいて、

「兄貴、すこし油断がならねえぜ」

「ウム……」と、彼の目もこの辺から猜疑ぶかく働いていました。

「あしたの朝になれば、秩父の町へゆく馬があるといったが、こんなスリバチの底のような所から、どうして馬が通えるものか」

「それに、繩梯子を巻き上げたりなどしやがって、どうも気振りが腑に落ちねえ」

「だが、ここまで来てしまっちゃ追いつかねえことだ。行くところまで行ってみるよりほかはない」

が――泰野屋は平然と黙りこくッて歩いていました。むしろ好奇の目をもって、盆地の風物をながめている。流れに添って部落へはいると、やがて大きな水車があります。水車のそばには自然木で組まれた、非常に頑固で原始的な小屋があり、小屋には小さな覗き窓が鳩の家のように切ってある。そしてそういう建物は、一戸ならず十数戸、樹木を隔て水をへだてて散在しております。

一戸の小屋の中からは、シューッと物を摺るような音が洩れる。