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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

話は分っておりますが、雲霧も新助も、その説明を聞いてから、よけいに疑惑がふかくなって、見るもの聞く物、いちいち怪訝でないものはありません。

そのうちに一人の漆掻きは、かなり広い流れのふちに立って、

「おぅ――い。川番」

と、何か向うへ、合図をよびかけました。

川番――とよばれると、一人の男が、流れの向うに姿を見せて、釣橋の仕掛けへ歯止めを咬ませた様子です。

あぶねえ。あぶねえ。

無断で、うかと足をのせようものなら、下の流れへ、蜻蛉返しというからくりにちがいない。

(油断をするなよ)

(気をつけろよ)

四ツ目屋と雲霧は、時々、目にものをいわせて警戒しあいましたが、秦野屋ばかりは相かわらずの黙々です。そしてお蝶も、あたりの物にばかり気をとられている。

「おい、旅の者、こっちだよ」

漆掻きはスタスタと桟橋を渡ってゆく。その揺れる橋を渡るのが、お蝶には面白そうで、秦野屋には用心がありそうで、雲霧と新助には不安そうです。

桟橋は十間に足りない短いものでした。渡ってみると其処此処に、さらに数戸の人家が目につく。

織物を織るのか、粉をつくのか、機械的な木音が、コトンコトンと何処からか洩れてくる。