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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
また、不思議なことには、そこに居る無数の人間は、光のない沼の目なし魚みたいに、ウヨウヨうごめいておりながら、話しもしなければ笑いもしない、また同じように、泣きもしません。
この生ける墓場の新米である雲霧は、初めのうちはそれを妙に思っていましたが、日が経つに従って、身をうごかすことも、考えることも嫌になって、まったく話をする意慾などは、日ましにどこかへ薄れてゆく自分自身に気がつきました。
その証拠には、第一、こんな時には一心同体な気持になって、互いに励まし励まされる唯一の対象となり合わなければならない筈の四ツ目屋の新助とも、だんだん口数をきかなくなりました。
新助もまた口をきいて来ない。そばにいた体がさわる事があっても、ぐんにゃりとして身をよけるだけです。
どうもこんな暗やみに息だけを吸わせて人間を生かしておくと、精神的にも生理的にも、おそろしい退化がからだの内部に起ってくるようです。すべての意慾は眠ってしまい、思判力は失われ、視覚は無能になり触覚は魯鈍になり、脳の中枢はやがて支配する神経に気をつかう必要がなくなって、ただ頭のなかに詰まっている不用物体となってどろんとしておるだけのようです。