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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

――それが、出会いがしらの驚きに、急に口をつぐんで、そこから岐れている道を、逃げるように、南の方へ曲ッて行ってしまいましたが、万太郎は、ふとその娘たちの髪に不思議なものを見たのです。

一本ずつの銀のかんざしです。敢て、銀のかんざしの珍しかった訳ではありませんが、それが十字のかんざしであったのが、せつなの瞳にはッとした懐疑をもたせました。

――東、双子山ヲ経テ高麗郷二至ル。西、天目山、鳥首ヲ越エテ天童谷ヨリ甲州路――

駆けながら見て通った岐れ道の道しるべには、どうやらこう記してあったように読まれましたが……今は何を振顧っているいとまもない。

「お――いィ」

と、金吾は声をからして手をあげているし、釘勘も今は口もきかずに、彼に添って疾風を衝いて急いでいる。

――と声が届いたか、先にゆく編笠の影がやがて高原の真っただ中に、笠のつばを抑えてクルリとこっちへ振り向きました。

空には迅い灰色の雲が、絶えず北から東南へうごいています。

千蛾老人は早寝の早起で、もう奥の間の燭を消してやすんでいますが、月江とおりんは、この静かな、そして長夜の秋を、寝ようとしても惜しまれて寝られぬふうです。