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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

ていました。

しゅくしゅくと千蛾老人がうれし泣きにすする声が、やつでの窓にまでもれてから、暫くして後――

「心配いたさぬがよい。必ず金吾を説いて、当家の月江と添わせてやるであろう程に」

万太郎が、誓言をくり返していますと、老人はいくたびか彼の姿を拝して、やがて、次に聞こえたのは、ガチリと、刀箪笥の錠前をあける音でした。

あとで、違約のないように、早速にも、何か自分へ誠意を示そうというのらしい。――万太郎はそう思いながら、千蛾の手元を黙然とながめていました。

えび鞘の脇差が出る。柳鞘の大小が取り出される。さめ柄のよろい貫し、あずき塗りの野太刀、白鞘、巻絵鞘、見ていると幾腰出るかわかりません。忽ち、刀箪笥から山になって、千蛾のそばに移されます。

そして最後に、空ひきだしをスッと抜いて、底に敷いてある、花模様を浮かした鍋島織の厚布をめくると、その下から、ぷんと樟のにおいが部屋じゅうにひろがりました。

取り出したのは、尺二、三寸の虫蝕い防ぎの樟の薄板です。旧家の刀箪笥や書画入れの長持には、よくこの樟板を底へいれておくものですが、今、老人が手に取ったそれには、黒光りの板の片面に、何やら細密な絵図がひいてある。