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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「やあ、久し振りであるの」
と、吉宗の会釈は、青年らしい当時の調子から少しも変っておりません。
万太郎と吉宗とは、ちょうど同じように三家の庶子で、一方は紀州家の三男、一方は尾州家七男坊として、互いに弓の馬場で騎射を競ッたり、悪たれを言い合ったりした竹馬の友でありますが、今では、彼は廟に大統をうけた八代将軍であり、これは相変らず無為に父や兄の脛をかじっている一個の放浪児でしかありません。
「昨年の春、大手の外濠でお目にかかりましたな」
と万太郎も将軍家とは思いながら、急に元の友人的な調子を改めることができないで言うと、
「そうそう」と、吉宗はそれにふさわしく快活に相槌を打って、「あれは先将軍の御不例で、身が柳営に馳けつける日であった。気が急いておる場合ゆえ、其許とは承知しながら馬腹に鞭をくれて行き過ぎたことであった。……でそれ以来久しく消息を聞かずにおったところ、先頃、川越の秋元但馬守からちらと妙な噂を耳にしてな……」と、何かひとりでおかしがる。
「ははははは」と万太郎も思い出して、将軍家の微笑に哄笑を交ぜました。
彼は、川越の城下での事が、吉宗の耳にはいっていたと思うと、何か愉快に思われて来るのでした。