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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
御三家の間の宿直に万太郎が痺れをきらしていると、やっと、三日目のこと。
側用人松平源次郎と近藤外記の両名が来ておそるおそる万太郎に向って言う。
「上様のおいいつけによって、御庭案内といたして黒鍬組頭小早川剛兵衛、只今、竹の間のお沓石にてお待ちうけ申し上げておりまする」
「大儀だ」
「お支度は……せめてお袴だけでもお改めがよいかと存じますが」
「元よりのこと。供部屋に、相良金吾と申す者が控えておる故、それへ申しつけてくれい」
「はッ」
程なく支度を更えて、万太郎が竹の間の沓石へ出ると、廊下には金吾、庭先には黒鍬の組頭小早川剛兵衛が平伏しております。
無論、肩衣は脱って、羽織に結城木綿の袴、それで足袋が万太郎好みの紺足袋でさえなければ、どうやら将軍家の遊歩と見違えそうな身装でした。
金吾は万太郎に従い、万太郎は黒鍬の剛兵衛に尾いて本丸の棟を離れ、富士見番所の宝蔵を左に見、西桔梗門を通って清冽な道灌堀の流れに沿いながら、的場曲輪の高麗芝をふみしめて行くこと十数町、やがて、満山楓の木ばかりで埋ずまっている紅葉山の裾まで来ました。
「秋は鮮紅なお山の風情が得もいわれぬ美観でございますが、冬は、御霊廟の玉垣が神々しいばかりで、楓樹の梢には一葉もござりませぬ」