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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
お蝶は、隠居の指に噛みついて、彼が、痛いッと悲鳴をあげた隙に、苫をハネて岡へ逃げ上がろうとしましたが、はっと、顔色を変えて足を竦ませました。
争い合った動揺で、纜の綱が解けたのでしょう、舟は知らぬ間に砂利場の岸を離れて、鳥越川の川口から満々たる大川の中流に押し出されて、下へ下へと流されていつつあるのでした。
途端に、お蝶が川の中へでも飛び込むと思ったのか、狒々隠居は彼女のうしろから抱きついて、
「これ、何処へ行く」
と船底へ引き戻しました。
こんな事なら早く隙を見て逃げ出すのであったのにと、お蝶は自分の悪戯に過ぎた心を悔いましたが、岸を離れたその小舟が何処かへ流れつくまでは、飛び出すことも出来ません。
お蝶が逃げ廻ったり拒む力は、かえって狒々の獣情に油をそそぎかけたようです。隠居は老人に似気ない力で、お蝶を船底に押し仆すと、
「さあ、打つがいい、打つがいい。もっとその爪を立てるがいいよ。何、ばら掻きになってもかまわない。そうだそうだ、力まかせになぐッておくれ」
甘んじて、お蝶の打擲を受けながら、眼を細くしてこらえている。
自分の手が火熱ッて来るほど打ッてやると、お蝶は胸がスッとすいて、同時に急におかしくなって、