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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
捕まるまいとすればそれと反対に今夜の餓えをしのぐ工夫もない。
けれど心と足は別物のように、迷いにかまわず足は速度を加えています。遂に鶴吉とお角を、何処かの辻へまいてしまったようです。そしてお蝶は「もう追いついて来ない」と知って振向いてみましたが、べつにアアよかったという安心もありません。むしろ何かを取逃がした気がする。
金。金。金。
お蝶は足のつま先に物欲しい目を落としながら当てのない心を抱いて歩きました。と――其処の曲り角に、黒髪を束ねた髱の看板と「おん小間物類」とした暖簾がふッと目につきました。
「あ……」
何か胸を掠めたものがあるように、お蝶は立ち止まって、小間物屋の奥を覗きましたが、そこを小刻みに通り抜けると、人影のない河岸縁へ出て、物の蔭にひそみながら帯揚を解いてその中へ手を入れました。
匂い袋のような小さな袋の中に、一粒の珊瑚の珠があったのです。今の小間物店を見て、彼女はそういう所へ、幾度も物を売った経験をよび起して、
「ああ、あったわ、あったわ、これを売れば……」
と、珠を手のひらに転がしてニッコリしました。
見得もなくそれを握って、お蝶は小間物屋へ駆けこみましたが、暫くしてそこを出て来た彼女の顔は、また前にも増して悄れ返って、出るとすぐに、発止とそこの切石へ珠を打つけて砕いてしまう。