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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

と、斜めならぬ機嫌顔で、まず一、二杯のところを手酌で試みる。

「驚いたでしょう、不意に来て」

お蝶は、炬燵向うへフワリと坐って、その蠱惑な姿態を甘えるようにくずしながら、

「私ほんとに困っている事があるの。……で、お願いにやって来たのよ」

「聞いてやろうじゃないか。わしは、人にすがられると、元来が涙ッぽくって、いやと言えない性分でな」

「じゃあ聞いて下さる」

「うむ、どんな事か、話してごらん」

「でも最前、雲霧と四ツ目屋の二人から、私の姿を見つけたら宿へ知らせてくれと言って頼まれた時も、先生はうんと承知していたじゃありませんか」

「ほウ、お前はあれを見ていたのか」

「幕のうしろに立っていて、すっかり話を聞いちゃッたわ」

「そいつはいかん」と先生は毛の薄い頭へ手を乗せましたが、少しもテレる様子はなく、

「だがお蝶さん、それは心配にも及ぶまい。なぜかと言えば、あの雲霧や四ツ目屋の輩には、何の好意をもつ理由もないが、わしは元からお前さんには深い同情をよせておる」

「ほんとに?」と力をこめて――「実はね先生」と言い難そうにもじもじする。

馬春堂は眼を細くして、片手に杯を運び、片手を炬燵の中のお蝶の手へ重ねて、