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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「親分はどうしている?」
「さッき眼を覚まして、この井戸端で顔を洗っていましたよ」
「じゃあ、納屋の方だな」
彼の家族が住む二間ほどな狭い母屋と離れて、夏ならば、屋根には一八の花が咲き、秋には夕顔のつるでもからみそうな、一棟の納屋が見える。
一同が家にはいって、破れ障子に明りをともすと、まだ藍色に暮れ残っている大川の空から、バタバタと白い千鳥が降りて来て、井戸の流しに磨ぎこぼしてある米粒を争ってついばみます。
「親分、只今帰りました、ツイどうも遅くなりまして済みません」
十能に炭を盛ったのを持ちながら、率八が納屋の戸口へこう言うと、配流の人でも居そうな小さな切窓に、今肱をついて川洲の方へ横に立って千鳥を眺めていた一人の男が、
「おう火を持って来てくれたか、水際の家は、日が暮れると急に寒いものだな」
側の火鉢の灰を掘る。
それへ移す炭火の火で、赤く映って見える鼻すじや頬骨の線には、日本左衛門の特徴が線香で描いたようにハッキリと見えました。
「今日は遅くなったので、お支度をなさるにも、少し暗うございましょう」
「いや、そう急ぐことはない、毎日の事なので、舟の支度も馴れて来たし、最前夕食もしたためた」