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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

そのいずれか一つに違いないと見たのが吉宗の信ずるところでありましたが、将軍継承問題では、水戸とも暗闘があったところなのに、継職早々、またまた尾州家と確執を起こすのは苦しい事であり、水戸派、紀州派の諸臣に対しても面白くない成行きを見そうなので、まず聞き流しにしております。

けれど妖聞はなかなかやまない。

「狐狸の仕業であろう?」「いや黒鍬の者の悪戯ではないか」などという取沙汰はまだしもの方で、そのうちに誰が言い出したことか、紛々たる臆説を排して、

「いえ、いえ、狐狸や黒鍬の者の仕業ではありません、たしかにあれは幽鬼が出るのじゃ――幽鬼――異国人の幽霊が出てこの江戸城を呪うのに違いありますまい」

と、その存在性を肉づけるために、さらに臆説が臆説を生じ、うわさが噂を作り出す。――仮に火のない所に煙が立たないものとすれば、異国人の幽鬼とは、何を根拠として起こった説か、けだし大奥の異聞のうちでも、今度のうわさは徳川八世のうちでは新しい怪異でありましょう。

儒官、筑後守新井白石は、前々将軍家時代から久しく営裡に権勢をふるッていましたが、お代がわり以来、風向きがよくないので、早くも身を退く汐時と感じて、中野桃園に隠邸をしつらえて、その日、新将軍に別辞をのべるため、最後の登城をしていました。