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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
また曰くです、四更の頃になると作兵衛滝の鳴りが止まって陰々たる人の囁きが聞こえる事があると。
そんな噂の出所はいつも長局ときまっていて、さすがに、表方では真顔にうける者もないが、大奥の夜ものがたりでは、もっぱらそれに尾ヒレを付けて、遂には、御中などの口を経て吉宗の耳にもはいって来るものとみえます。
もっとも大奥にこんな噂の立つことは、珍しいことではありません。大奥と怪力乱神とはつきものです。華美豪奢をつくしている彼女たちの生活も、女ばかりの国はどことなく陰気で、常に妖説が信じられる。
しかし、それを聞くと、吉宗も信じました。
無論、口では笑っていたでしょうが、心の裡では、
(万太郎だな)と、あるべき事とうなずいたのです。
その万太郎の所為にしても、彼には二様の解釈がある。一つは、ちょうど自分と同じ三家の嫡子にあった彼が、天下の大統を享けて将軍に坐った自分に対して一種のそねみと反感を持ち、新将軍の代がわり早々何かこの江戸城に不吉な妖兆を起こそうとする故意な悪戯であること。
また一つは、別な目的をもって、錦霜軒に起伏しながら夜中何かの策動をやっているのであろうという想像。