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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

どんな激情もめッたに顔に出さない彼が、そう叫んだ形相と怖ろしい勢いといったら、かつて見ない程でしたが、その瞬間に、何ということでしょう、彼の目の前――およそ七尺四方ほどの大地が、ザッ――と突然くずれ込んで、真暗な巨口を開いたかと思いますと、お蝶の姿も倒れた石も、せつなに地上から消えております。

「やっ、これは?」

と、すんでのことに、彼もその陥穽に自ら飛びこむ弾みだったのを、ハッとして足を食い止めましたが、濛々とあがった砂塵と驚愕に、中をのぞく隙もなく、

「曲者!」

四方の暗を破って、彼一身をばらばらッと取り囲んだ数人の武士がある。――それは吉宗の旨をうけて、宵からここに手ぐすねひいていた、長坂、近藤、中坊、本田、そのほか倔強な旗本七名でした。

驚愕に重なる驚愕、意外にかさなる意外な強敵の計策です。――危地に墜ちたお蝶、重囲にかこまれた、日本左衛門、ああ遂に夜光珠の夢は惨憺たる破れをここに告げました。

どう遁れましょう、この陥穽を。

合図はさかんに火を呼びました。木魂をしてひびく呼子笛につれて、あなたの樹林やこなたの山蔭から、狐火のごとく殺到するのは、番士や黒鍬の者の手に振る明りです。