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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
どうせ捨てて行っても、至って惜しくもないガラクタばかり、算木と筮竹さえ風呂敷にして首へ巻いていれば、行く先々に渡世の名目はあろうというもの。
馬春堂は丼の中へうどんの代金を残しておく。
そして、最後に。
ジューッ……と忍川の流れから白い煙が噴き揚ッたのは、おさらばのついでと景気よく蹴込んで行った摺鉢の残り火でしょう。その濛々たる白煙が薄れた跡には、ドロンをきめた二人の姿、すでに、どこへ行ったか分りません。
…………
一方は秀鶴頭巾に夜寒と人目をさけつつ、水門尻の袋地を頻りと迂路ついている徳川万太郎。
ここに戸を閉めきった一軒の構えがある。
表通りで女住居と聞いたには、慥かに、馬春堂の言葉と節の合うところがあるが、まだ寝るには早い時刻、それなのに、中から漏れる明りも人声もなく、これはどうやら空家らしい。
まさか、易者の言葉を真ッ向に信じて、戸をたたいてみるほどの勇気も出ない。
ピタリ、ピタリ……とかれは家のまわりを一周してジッと考えこみましたが、その袋地の闇に何をか感じたのでしょう。
「あっ……?」
といって立ちすくみに、ぶるるッと身ぶるいをしましたが、時やおそし、万太郎がハッと気づいた殺気のただよう所から、闇を切って氷柱のカケの如き短い光が脛へ向って飛んで来ました。