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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

今し方、どこぞで聞いた声のようだが――と思いながら、影ににひとみをこらして見ると、ガッシリした町人体の、大地に膝を突いて屈まっている様子、手坑いすべき態度でないのは分っているが、嫌なことには此奴も一本、銀のギラつく磨きの十手を、支いている手裡にかくしてつかんでいます。

「――路傍、かような場所がらで、身分の低い手前などが、直々お声をかけるのさえ、何とも畏れ多い次第でござりますが、事火急の場合、特に御仁恕をもって、暫時応対御免下しおかれますれば、有難い儀と存じます」

ははあ、こいつはわしの素性を知っているな。

万太郎はかく思いましたので、

「ウム、ゆるす!」

衣ずれの――ふところ手。

「呼び止めたのは何の用事であるか、申して見い」と、屋敷言葉で鷹揚に見下します。

「と申すお願いは、他でもございませんが、今夜は手前が十手の指図役となって、御府内の兇賊狩を決行いたしております晩なので、貴人の御身として、かかる所をお歩きあっては御身辺の危険、ことに吾々にとりましても、配置追っかけ誘引の捕物の陣取上に、まことに邪魔になって困却いたします」

「邪魔になる? ……」

「へい、恐れ入りますが、今宵はすぐ根岸のお住居へ、お引取り下さいますように」