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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「だまれ、左様な指図はうけんでもよい」
「と、お怒りも無論であろうと、実は最前からたびたびお呼び止めいたしながら、心怖じけて差控えてまいった次第、ここまでの辛抱を何とぞお酌み取り仰ぎまする」
「なに、最前も屡呼んだと申すか」
「塀をお越え遊ばして、あれから、盂宗藪の技け道をお急ぎなさいました途中でも」
「や、では、あの時の声は?」
「不作法真ッ平おゆるし下さいまし、手前に相違ござりませぬ」
「ふーむ、してそういう其方は、一体何者であるか。また、なんで拙者にこのまま帰れと申すのか仔細をいえ」
「申しおくれました。手前は、食いついたらきッと抜くといわれた釘抜きの勘次郎――と申す南方の目明しにございます」
会釈がすんで腰を立てる。
炯々とした釘勘の眼。
かの聖天の盗ッ人市へ金吾と共にまぎれこんで見破られ、日本左衛門の手下のため、袋だたきに会わされて、隅田川へブチ込まれた釘勘が、痛手を養って衰えぬ姿を、ここに見せたは久し振りです。
金吾のこと、お粂の恋、道中師伊兵衛と馬春堂の関係など、すべての経緯はここで釘勘の口から万太郎の胸へ手短に移される。
しかし。
飛耳張目の稼業がらとはいえ、どうしてそこまで仔細に釘勘の探りが早くついていたかといえば、手懸りは例の切支丹屋敷――官庫荒しの一件が逐一町奉行所の手へ移されたがためでした。