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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
かかるところへというあんばいに、小日向の高台から一本道を大股にここへ急いで来る燕合羽。
やがて近よると双方から、
「おう、馬春堂」
「あったかい? 忘れ物は」
「うむ、戻っても無駄じゃなかった、茶屋でちゃんと取っておいてくれたんでな」
「そりゃあよかった」
「ずいぶんここで待ったかい」
「なあに、待つ間はさほどでもなかったが、考えて見ると待ち合わそうといった場所が頗る面白くない」
「なぜ」
「橋杭を見てくんな、獄門橋と来やがった」
「うふッ……そいつぁ成程、ひとりぼっちで淋しかったろう。悪党に獄門橋なんざあ禁物だ。……どれ、それじゃおれもつき合いに一服」
と、腰から取って、ぽんと、筒の煙管を抜いたのは道中師の伊兵衛。
肩の振分をそこへ下ろして、
「南無、消えるな、消えるな」
と、禁厭をいいながら、馬春堂の吹いてころがした吸殻の火玉を、煙管の先で追いかけたが、雁首でおさえるとジーッといったので、
「おや?」
と、透かして見ると、油のような血が流れていて、そこに浮いている摘み細工の一枚の花櫛。
「こりゃあ何だろう」
伊兵衛は血に染んだ花櫛を拾い取って、
「おい、馬春堂。向うに、仲間ていの死骸がころがっているが、おれの来る前に、何かここで騒動があったのかい」