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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

で、もう一度、襖のつぎ目をはだけて見ると、あかないはずです、閾の境に、強情な爪を持つ足の親指がつッかいぼうになっている。

「こいつめ」

ギュッとつねると、

「あ痛ッ」

中で飛び上がッた気ぶりですが、馬春堂は笑いもしないで襖をあけ、たれと見るまでもなく知れ切ッているその人間へ、

「さんざッぱら人を待たせておいた揚句、つまらない悪戯をするない」

と苦りきる。

「オオ痛え、ひでえまねをしやがる」

と足の親指をおさえながら、そのまずい面を眺めてあッ気にとられたのは道中師の伊兵衛で、朱塗りの広蓋に飲みちらした酒の徳利や小皿があり、そばには木枕がころがッていますから、馬春堂の留守にここへ来るなり、脚絆も解かないうちから、二、三本飲んでゴロ寝をしていたものと思われます。

「なんだ、おれが悪戯をしたって?」

「襖をおさえていたろう」

「けッ……」

鶏が嚏をしたような笑い方をして、

「べらぼうめ、四十男の道中師伊兵衛が、そんな餓鬼みてえなまねをするかい。お前の帰りをまとうと思っていたが、あんまり腹がすいていたから、つなぎに一杯やっているうち、この間うちからの気疲れで、コロリと横になっているうち、思わず寝込んでしまったんだ。