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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

と、万太郎の差し出した手のひらに、大判か小判か、四、五枚の山吹色がのせられているのを見て、率八は、ひょいと食指を動かしましたが、急に手を引ッ込めると、淋しいゲタゲタ笑いを作って、

「……な、な、なんて旦那、人をからかッた上に、バッサリと来るんでしょう」

「ばか」

遂に、癇癪を起した万太郎が、それをザラリンと投げてやりましたが、暗に燦爛と降った山吹色を、剣の光のように驚いて、一言といわずお人よしの率八、胆をつぶしたまま逃げ去りました。

その夜は赤い蒲団の中。

雉子町の丁字風呂の二階に彼は泊っていました。

なんとなく面白い。春や過ぎたりといえど湯上がりの寝心地、身は勘気の境遇といえ青春です。

夜更けまでどこかで聞こえる湯女の笑い声も、横丁をゾロゾロ流れる下駄の音も、万太郎の枕には妙な交響をまろばせてくる。そして、この世間の物音が面白すぎて寝つかれません。

ただ、物淋しいのは、将軍様御不予によってというお達しの――鳴物停止。

それについて、町ではヒソヒソと種々な風評を立てている。幼少な将軍の臨終の枕元では、もう後にすわる八代将軍の人選で、三家閣老、それぞれ自己権力の援護で角突き合いをやっているらしい。