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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「行燈をとぼしてくんな」

「おっ母あ、何処にあるのよ行燈は?」

「今朝おめえが片づけたんじゃないか」

「ああ、油がねえよ」

「油壺はうしろの棚に乗っている。早く明りをとぼして、お客様にお給仕でもして上げな」

万太郎は膳を構えてキチンと四角に坐っておりました。

お常が煮出した茶を注ぐと、次郎が不器用な手で山盛りに御飯をつける。

客が箸を取っている間に、また隔てのない母子の話。――万太郎はひどく空腹であったので、半ばはこの鄙びた馳走の味覚に、半ばは母子の会話に耳をかしていました。

「なあ、おっ母あ。父ンはどうして帰らないんだろう」

「五日や六日帰らないことは、いつでもよくあることなんだよ。お前は家に居なかったから知らないだろうけれど」

「今ね、そこを町屋の矢作さんが死んで通ったのを見て、おら、父ンのことが心配になって来た」

「死んで通ったッて可笑な話だね。死んだ人間が歩いてかい?」

「ううん。戸板に乗せられて」

「へえ」

「どうしたんだい、といって聞いたら、一ツ石の辺で、女の通り魔に殺されたんだとさ」

「女の魔もの?」

「この頃、女影の原には、女の通り魔が出るんだぜ。おっ母あはそんな話を聞いていないか」