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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「あッ」
と、万太郎のただならぬ声です。
そして、彼の体がズデンと草の中に倒れましたから、雲霧の仁三は駆け出しながら、
「うム、殺ったな!」
と、快を発して叫びました。
それをまた、それと同時に、怒髪を逆立って追いかけた次郎が、
「こん畜生ッ」
とばかり、猪を追うように、いきなり野槍の穂を向けて、雲霧の足元をサッと見舞う。
「この餓鬼め! 帰れ」
はッたと睨み捨てにして、雲霧はそのまま走り出そうとしましたが、睨まれて帰ったり泣き出すような子供ではない高麗村の次郎、
「何をッ」
前へ駆け廻るが早いか、目を射て来た野槍の光が、顔へと思わせて胸板へブンともひとつ。
あぶなく串刺しになるところを、あッと踏み退いた雲霧は、この時初めて、勘定に入れなかったこのチビが手強い厄介者であったのに気が着いて、
「野郎――ッ」
奮然と野太い声をあげたかと思いますと、紺の手甲を銀ごしらえの脇差の柄へガツンと乗せて、
「てめえも殺してもらいたいのか」
と、ギリギリと体の向きを変えてきました。
ですが、それは脅かしです。わざと作って見せた権幕です。雲霧のあたまには、まだ何処かに相手が子供だという念がありますから、野槍を持って対ッてきても、それを憤然とたたッ斬る程の大人気ない敵愾心は湧いてこない。