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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

だが――不覚はかえって雲霧の方にありました。なぜといえば、彼が無造作に次郎を鷲づかみに取って役げた刹那、投げられた次郎もウンといって気を失ったが、投げた雲霧もその弾みに、

「あっ」

と叫んだまま眼が開けません。

そして、ぶッと唇の血を吹きながら、二度首を振りうごかした様子。見ると、満顔血汐の紅に染まっています。

じゃらん! じゃらん!

曠野を組んで歩く夜旅の人の群が、鈴や話し声に景気をつけて、もうそこらまで来たらしいが、何しろ雲霧は目が開けない。

次郎の体を被ッて投げた途端に、あの胆刺の鋭い穂先が顔面のどこかを機敏に突いたか掠ッたかしたものと思われますが、何しろ雲霧は目が開けない。

彼は狼狽しながらも、一方の万太郎の方は首尾よくいったものと信じていましたから、指の間からしたたる血汐に着物の前を染めつつ、両手で顔を抑えたまま、盲滅法、武蔵野の暗を方角もつけずに走り去りました。

「出た!」

「出たぞ――通り魔が」

と、そこで立ち騒いだ八王子組の駅伝人足が、わッと逃げ腰になろうとすると、

「逃げて行ったじゃないか、追剥か何かにちがいないよ。こッちだってこれだけの人数がいるのだから、何も驚くことはありゃあしない」