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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「誰だろう?」
お蝶の神経は研げて来ました。そして、先刻の、沢からオ――イと呼んだ声が、ふたたび耳によみがえってくる。
とこうするまに、いよいよ荒くれな男どもの声が、すぐその辺まで近寄って来たので、彼女は腹をすえて、白麻の布を被ったまま、パラパラ、身に降る松のしずくを浴びて、じッとそのままうつ向き込んでしまいました。
「おう、居たぜ」
と、うしろの仲間を誘いながら、のッそりと、そこに立ったのは最前の立場人足。
胸毛をザラザラさせた大の男が三人、いやしげな笑みを交わしながら、堂の廂の下に、一個の春日人形を腰かけさせたような、お蝶の姿を見とれていましたが、
「おい、娘さん――」
そのうちに中の一人が猫なで声で、
「さっきからおれ達が、あんなに呼んでいるのに、聞こえなかったかい?」
と、三方から、薄気味わるく寄って来ました。
――お蝶は頭から白麻の布を被衣にしたまま、何を問われても、返辞をせず、顔を上げず、手出しをされれば最後のこと、それまではどうする気か、じっとしていて見ようと決心していました。
で――餌食と見たら、一つかみの勢いだった好色の狼どもも、お蝶が顔もあげないで落着き澄ましているさまに、何となく側へ寄りかねて、遠巻きの恰好に腰をかがめ、