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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「ハハア、娘さん、様子を見るにおめえは、ただの町人の御息女じゃありませんね。道理で、女ながらも胆ッ玉のすわっているはずだ。――が、それにしても、この真夜半の小仏を、何処へゆくつもりか知らねえが、女一人で越えるなんて、無茶にも程があろうじゃねえか」

と、甲の狼が申しますと、乙の獣が、

「それにゃあまた、やむにやまれない、深い事情があるんだろうさ。どうせおめえ、ただの身の上でねえ事は分っていら」

「なるほど、さもなければ、こんな峠を、若い女が夜歩きする訳もねえはずだな」

「エエおい。可哀そうじゃねえか、この先、何処へ行くのか知らねえが、事情を聞いておれ達が、この娘の相談に乗ってやろうじゃねえか」

「そうだとも、こんな姿をして、五街道のうちで一番物騒だというこの甲州路を歩いてみや、蠅だの、蛭だのッて、ろくなものは付きやしねえ。……もしお嬢さん、悪いことはいわないから、この下の沢までおいでなさい、そこまで行くと、こちとらの中継ぎ小屋があるから、そこで今夜は足を休めて、ゆっくりと先の相談をして上げよう。エエ、何とかいいねえな、何とか……」

と、丙の男がそろそろとお蝶の体へ近寄って、膝の上の白い手へ触りましたが、彼女の手は、茨の如く棘を立って男のそれを振り退けます。