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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「江戸曲独楽、嵐粂吉一座」のあの辻ビラでありました。
しかし、その粂吉がお粂であるや否やは、まだ金吾として明確につきとめたことではありませんが、粂吉という芸名になんとなくそれらしい疑いがありましたし、一日でも興行した土地の評判は大したもので、その噂にのぼる人気者の女が、どうもお粂にまちがいがない。
で――辻ビラをたどってこの甲府まで来てみると、ここでは七日の長興行というので、初めてその小屋の正体を見届けました。
けれど、今表に立ってみると、にわか作りの絵看板やのぼりは見えますが木戸番は居ない。また、中へはいってみても、同じようにがらんとしていて、働いている道具方ひとり見当りません。
といって、もう興行の終った様子もないので、さては、夕景が木戸開きかと合点しましたが、たれか一座の者でも居たら、よそながら粂吉なる者がお粂であるか否か、その実否を確かめてみたい。
そう思いながら熨斗幕をのぞいて見ると、そこにヒソヒソと話をしている人間がある。
「はてな?」
金吾はその時から、伊兵衛をどこかで見たように感じられてならない。
「江戸で……」
そこまで記憶はあるが、何者か、かんじんな名も会った場所も、さらに考え出せません。