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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
その鼻寺の和尚と、どういう旧縁があるのか、ほの暗い行燈を近くよせて、奥の方丈で酒を酌み合っていたのは、今、城下に人相書の行き渡っている日本左衛門でした。
和尚の借着か、久しぶりの行水を浴びたあと、白上布をさっぱりと着て、
「どうだ法達、もう一杯」
内陣にあれば住職であり、方丈にあれば鼻神湯の発売元である和尚の名は法達というのでしょう。
「ウム、おりゃあだいぶ酩酊したが……」
と太り肉のあぶら顔をなでる。
「まあよかろう」
「久し振りの珍客だからな」
「てめえが島から帰った後、甲府あたりの寺に巣を食ッているというこたあ耳にしていたが、こんな古寺でも、一ヵ寺の住持に坐りこんでいるのは強気なものだ」
「だからよ、人間どこへころんでも、相当に根を生やす所はあるものだよ」
「そうなると、そろそろ栄華や悪事がしたくなりゃあしねえか。よく、こんな所にこうして居られる……」
うしろへ手をついて、日本左衛門は、すすけた天井や怪奇な欄間彫りを見廻していました。法達はその間に、寺の裏山にいくらもある榧の折れた枝をピシピシと折って、そばの蚊遣へくべながら、
「ええ、煙たい」
と、渋うちわであおぎ立てている。