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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
おうというのだけはおそろしく近く聞こえました。
「――九兵衛か」
「お気がつきましたな」
「どうしたのじゃ……おれは?」
「魔薬に酔わされたのでございますよ。お粂のやつにうまうまと」
「……不覚だッた。おれとしたことが、恥かしい不覚だった」
「あなたはいつも、お粂の毒を忘れるからいけません。花を見ると、そのきれいなことだけ、誰しも心をうばわれますから」
「しかし、この屋敷はどこだろう」
「山田不孤庵という町医の家でございます」
「そこへたれが連れて来た?」
「この九兵衛が」
「そのお前は床下にいる」
「はい、床下に来ております」
「解せんなあ、夢のようだ」
「わかるはずがございません。――あの時、お粂はあなたをあの家の奥に眠らしておいて、楽屋へ行ってしまいました。さだめし、小屋から帰って来たあとで、また手を変えて、ゆっくりいちゃつく考えだったでございましょう」
「…………」
「金吾様、聞こえますか」
「聞いておる」
「ところが」
「ウム」
「それを嗅ぎつけた千束の稲が、この九兵衛を出し抜いて、金吾を殺ったと親分へ手がら顔をする気かなんかで、お粂の留守におしかけました。あなたは魔薬にかかっている。