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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「御家来、相良金吾様を、熱海の入湯中に恋したようにございまする」

「金吾?」

その声が、おそらく大きく聞こえたので、杉戸の外に屈んでいた当の金吾は、思わず居耐らない気もちに駆られて、無意識にそこに立ち上がったのでした。

――すると、折もわるく、

「おいで遊ばすのは、相良様ではございませんか」

と、暗がりをすかして、おりんがそこへ近寄って来たようです。

しッ……と目顔で制したい程でしたが、おりんは何も知らないので、

「若様の御用のないおひまに、ちょっとこちらへおいで下さいませ。いいえ、あちらのおひとかたは、郷士達と、まだ賑やかにお話しでございます。……あのちょっとでよろしゅうございます程に、お顔を……。ホホホホ、お嬢様が、しきりと、お待ちかねでございますのよ。……あれ、なぜでございますか、お嬢様、お嬢様、金吾様は逃げておしまいなさいます」

おりんのうしろには、月江のすがたが、おぼろげに見えていました。金吾は、決して逃げるというような気持ではありませんでしたが、とにかく、そこにいるには耐えないで、有り合う庭下駄をはいて外へ出てしまったのです。

ばッさりと、床下の暗をふさいでいるやつでの葉蔭から、その足もとを見ていた二つの目は、金吾にもつれて行った両女をやり過ごすと、また元の窓際へ背をのばして、屋内の話に聞き耳をたて