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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

「ああ、ここがどうして江戸なのだろうか」

不思議な錯覚さえ起こって来ます。

案内役の剛兵衛は、自分のものでも見せるように得意になって、

「どうして江戸でない事がございましょうか。内濠、外濠、幾つもの御門を通らなければ、江戸城の外へは出られませぬ」

「それは分っておる」

「はっ」と、剛兵衛は言い過ぎたかと、少し冷やりとして金吾の方を向いた。

「若殿にもお疲れでござりましょう故、今日は、このくらいにしておいては如何で? 山里やその奥の方はまた明日御案内いたしまする」

「そうじゃの、日もだいぶ暮れてまいった。剛兵衛がああ申しますが、若殿には如何なさいますか」

「剛兵衛、この辺に家はあるか」

「お茶屋のことを仰せ遊ばすので?」

「そうじゃ」

「ならば、こうおいでなさいませ」

と剛兵衛は針葉樹帯の山間を縫って、少し、道を西へ下がってゆく。

松と松との林間です。見るからに静かそうな、一戸の寒亭が戸閉してある。古びた戸額の文字を仰ぐと、船板に白緑青、題して「錦霜軒」と誌してある。

その林間から、江戸の市街がすいて眺められます。山を北にした東南向きの建て工合、冬のお茶屋と見えまして、そこへ来る風当りがバッタリ違う。