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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

ところが、或る夜のことです。

相変らず金吾と万太郎の二人が、春先の寒さをしのぎながら、あっちこっちをしずかに歩き廻っていますと、吹上の最も奥にあたる嵐山の西の松山を、ザワ、ザワ、と微かな音をさせて、通ってゆく者がある。

――思わず足を止めて、

「あ……誰か人が参ったようですぞ」

金吾が注意すると、万太郎は暫く耳をすましておりましたが、

「この吹上の奥を、自分たち二人のほかに夜半歩いている人間のあろうはずはない。この城地の奥には狐狸や河獺のたぐいが多く棲むと申すこと故、何かそのような獣類などがうろつくのであろう」

「しかし若殿、それにしては少し歩調が違います」

と、金吾は大地へ耳を付けて、じいっと夜陰の地音を聞きすましながら――

「どうも獣類とは思われませぬ。……人です、確かに人間の歩行に相違ございません」

「ふーむ、人とすれば怪しい奴だ、この上に登って見届けてやろう、静かに来い」

野州石の大岩石が、造庭の奇工をこらして畳み上げてある所をよじ登って、その上の這い松の蔭に身をひそめておりますと、やや暫くして後、あなたにぼやっと黒い一つの影が見えて来ました。

「……うーむ、なるほど人間だわえ」