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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

だが、安心するがいい、髪結の鶴吉は決して、宗門役人などに懇意はねえんだから」

彼が独りでベラベラと喋舌っている間に、お蝶は眉をよせながら、帯の間に手を差し入れて、じっと其処へ屈み込んでしまっている。

「おや、どうしたんだね」

「もう話すのはいやですから、あっちへ行って下さいよ」

「どうもおめえは素ッ気ねえ人だな、何も、口説いているわけじゃなし、断ることはないだろうに。……おや、腹でも痛むのかい」

髪結の鶴吉とかいうこの男を、お蝶はよく覚えておりませんが、しきりと馴れ馴れしく話しかけて来て、

「とにかく、家へおいでよ、相談にも乗って上げようし、悪いようにはしないから」

親切そうに誘うので、お蝶もその気になりました。

行ってみると鶴吉の家は、お厩河岸に近い露路裏で、ちょっと小綺麗な格子づくりです。

「おや、お帰りかえ」

長火鉢には鶴吉より年上らしい四十前後の大年増が、しどけない伊達巻に丹前をひっかけ、燗銅壺に入れるばかりの銚子を猫板にのせ、寝白粉をつけて待っているといったふうな家庭でありました。

「さあ、お蝶さん、ずっと火鉢のそばへ寄んな、誰も遠慮はねえ家だから。