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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
「気狂い! 色情気狂い!」
と罵りながら、キャッキャッと笑ってしまいました。
そしてまるで、盲目的になって寄って来る狒々隠居を、力まかせに突き飛ばして、
「私は夜鷹じゃないんだからね、誰がいつ、おまえなんぞに買われると言ったの。知らないわよ。ばか!」
と、簪の光を振って、怒りました。
「何だと、この阿女め」
性懲りもなく、また飛び起きて来た好色なおやじは、猫が小鳥へかかるように、ぬッと舟べりへ出て来ましたが、同じ怒り猛るにしても、彼がそうして追い廻すことは、かえって強い興味であるらしいのです。
けれどお蝶は必死でした。
女色を漁り飽いたこの隠居の変態的な獣情を解していたなら、彼女もさほど狼狽はしないでしょうが、彼の眼色、彼の血相、これは本気に自分を殺す気ではないかと、怖れをなして逃げ廻る。
隠居の手にはいつのまにか、短い刃物が握りしめられています。それとて彼には、実は興味を助ける一つの小道具でしかないのですが、霜夜の川の波明りをうけて、凄い光をギラギラと持っています。
「逃げると殺すぞ。さ。中へはいれ。逃げると殺すぞ」
そう言いながら、苫を伝わって舟べりを追い廻すと、お蝶も同じように逃げ廻って、彼が舳に来れば舟尾の方へ、舟尾へ来れば舳の方へ、鼬鼠ごッこにかわしていました。