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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

朝飯前に百射の弓と半刻のそぞろ歩きは、若い新将軍の習慣となっていました。

今朝も的場で一汗しぼって、本丸の道灌堀からお駕台の附近へ、早咲きの梅を見ながら歩いてきた吉宗、ごつい木綿の平服に結城の袴をつけ、

「源次郎、そちの歩き方を見ると、まるで締まりがないぞ。それだから弓も剣道も上達しない筈じゃ」

従いている小姓番の松平源次郎に、元気よく話しながら戻って来ます。

「左様でございましょうか。しかしお上の歩き方もべつに変った所はないように存じますが」

「いや、わしには心得がある。屋内では禅坐、戸外では歩心、一歩でも、不用意には歩いておらん。それに引きかえて、そちの足は、体を前に出す為にしか動いておらぬ」

「元々、足を動かすのは、体を前に出す為のものと心得ますが」

「いや、足は体を運ぶ道具だけではいけない。世の中を踏み上げてゆく心がなくては」

「難かしゅうございますな、考えますると、どう歩いてよいのか、分らなくなりました」

「不及先生の歩術でも習え」

「歩術、ははあ、どこかで承りました」

「屋内禅坐、戸外歩心、両道を合せて味わうとなかなか面白い。おお、咲いたな、梅が」

「この附近は、南向きのせいか、早咲きにござりますが、吹上の方のは、まだつぼみも固うございましょう」