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えどさんごくし

江戸三国志

吉川 英治

「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页

青空文庫

君美は暇を受けて退きましたが、異国人の幽鬼が出る――そんな噂を心得ない彼は、吉宗が何のためにそんな例を調べよというのか、腑に落ちないで下城しました。

急がずともよい、とは言いましたものの、吉宗は心のうちで、今日は来るか、明日は届くかと、新井君美の調べのつくのを待ち久しげでありました。

陽は日にまして、春めいてくる。

下向して在府中であった年頭の勅使、広幡、梅渓の二卿が帰った後は、饗応の混雑やおびただしい供人も去って、江戸城がにわかに広くなったような気がしました。

それが、如月の初め、千代田の内外、やっと落着いた春日がつづきそうです。

御錠口にかかる手前の廻廊の梅、南殿の梅、三の丸の梅庭、ぽちぽちと胡粉を打ったような花をつけ初めて、霞む夜は、大奥の明りも笑いさざめいて来ましたが、妖鬼のうわさは止みません。

「上様、御覧あそばしましたか」

松平源次郎は、紀州家に在った時から吉宗に仕えていた小姓です。その源次郎には、君美から書状のくるのを含ませてありますので、ふと、こう言われた途端に、

「参ったか」

と、吉宗はそれと早合点をした様子でした。

「いいえ、あれではございませぬ」