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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
落胆した様子で、
「何じゃ」と、改まる。
「今朝ほど、黒書院のお庭先にある梅の木へ、短冊がついておりましたそうな」
「誰ぞ、まずい歌でも認めたか」
「どなたの筆やらわかりませぬが、女文字で、吹上の妖鬼のことに寄せて、不吉めいた歌が書いてあったとやら申します」
「そうか……」と吉宗は苦ッぽい微笑を頬にのぼせて、「女のしたことでは取るにもあたらぬ。捨て置け」
「楓の間御用人鳥居外記様が初めにお見つけになって、そのままどうかなされました」
「それでいい、何事も、聞き流しにしておくがよかろう。いずれ、水戸か、尾州か、吉宗に心よからぬ大奥雀の悪戯じゃろう」
寛容に笑ってみせましたが、世継早々の、三家の葛藤や、大奥と表方との執拗な暗闘など、少しでも、その間の消息を聞きかじッている源次郎の目には、やはりその日の吉宗に、多少沈鬱の気のあったことは見のがせません。
「吹上の悪戯は万太郎の所為じゃ。そして、それを不吉の兆らしく、尾ひれをつけて言いふらすものは、紀州家にそねみをもつ気の小さい大奥の女どもじゃ」
吉宗はこう思って、しきりとそれへの対策を考えておりましたが、いわば内政の醜いこと、明るみへ出して争うのは、新将軍の威厳にかかわる。