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えどさんごくし
江戸三国志
吉川 英治
「報知新聞」報知社、1927(昭和2)年10月~終号未詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 577,271 字 · 1141 页
……なぜかと言うと、あの山屋敷の中には、犬の目も光らなければ、宗門役人だって、まさか私が、切支丹屋敷の中に寝に来ているとは気がつきゃあしませんもの……」
いかにも、その合理的な事は、日本左衛門にもうなずけます。しかし、いわゆる敵の営中に眠って敵を眠らせぬというような大胆な所業は、日本左衛門や雲霧ぐらいに甲羅を経た大盗でも、容易に行えない離れ技で、まだ十九や二十歳の小娘が口にするさえあまりに不敵であり過ぎる。
理にうなずいても、やはりその点では、彼はお蝶に油断ができないと思っています。
けれど、いくら心を許すまいと思いつつも、こうして、自分の愛撫を求めてやまない蠱惑な彼女の両の手をどう振り離しましょうか。ともすると、危険な四囲におかれてある身をも忘れさせそうなお蝶の艶な媚態をどうして憎めましょうか。
まして、日本左衛門という男には、愛といい情けという形だけのものにすら、常に渇いている弱点がある。そして、自分もそれを知っている。
率八の家の納屋から、二人して、大川へ舟で逃げてから数日の間――江戸の額風呂や旅籠を転々として、あぶない逢う瀬をつづけて来ましたが、まだ二人の恋は、あの納屋で囁いたことば以上には、一歩もすすんでおりません。